ハーマイオニー・グレンジャー

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ハーマイオニー・ジーン・グレンジャーはマグル生まれの魔女で、ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーの同級生、後に親友となった。両親は歯科医。

ホグワーツではグリフィンドール生。成績優秀で5年生の時には監督生に選ばれた。ホグワーツで6年学んだ後、親友のハリーや恋人のロンと共にヴォルデモート卿の分霊箱を捜す旅に出る。

2014年には家族やダンブルドア軍団の元メンバーと共に、アルゼンチンで開かれたクィディッチ・ワールドカップを観戦しにパタゴニア砂漠を訪れている。

基本情報

誕生
1979年9月19日
家系
マグル生まれ
婚姻状況
ロン・ウィーズリーと遅くとも2014年までに結婚。(第一子ローズは2005~2006年ころの生まれ)
別名・渾名
  • ハーミー(グロウプから呼ばれた)
  • ハーム‐オウン‐ニニー(ビクトール・クラムから呼ばれた)
  • ‘Bored Yawn’(リータ・スキーターがつけた。「退屈のあまり出るあくび」の意味)
肩書き
  • 監督生
  • 魔法法執行部副部長
  • S.P.E.W.会長
出身校
ホグワーツ魔法魔術学校(1991年)
出身寮
グリフィンドール
グループなど
  • 屋敷しもべ妖精福祉振興協会(S.P.E.W.)
  • ダンブルドア軍団
  • スラグ・クラブ
邦訳
ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー
原書(英語)
Hermione Jean Granger
人間
性別
女性
茶色、フサフサ
茶色
その他
  • 前歯が少し大きかった(ホグワーツ4年生の時にマダム・ポンフリーの手で整形済)
  • ブドウ、ドラゴンの心臓の琴線、10と3/4インチ
  • 鬼胡桃、ドラゴンの心臓の琴線、12と3/4インチ(ベラトリックス・レストレンジの杖。真の持ち主ではない。)
ボガート(まね妖怪)
全科目落第を告げるミネルバ・マクゴナガル教授
守護霊
カワウソ
アモルテンシア(愛の妙薬)
  • 刈り立ての芝生の匂い
  • 新しい羊皮紙の匂い
  • ロンの髪の匂い
両親
名前不詳。偽名にウェンデル・ウィルキンスとモニカ・ウィルキンス。
ロナルド・ウィーズリー
子供
俳優
エマ・ワトソン(全作)
登場
  • 『ハリー・ポッターと賢者の石』
  • 『ハリー・ポッターと秘密の部屋』
  • 『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』
  • 『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』
  • 『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』
  • 『ハリー・ポッターと謎のプリンス』
  • 『ハリー・ポッターと死の秘宝 Part1』
  • 『ハリー・ポッターと死の秘宝 Part2』

来歴

幼少期

1979年9月19日
マグルの歯科医、グレンジャー夫妻の一人っ子として誕生。
1991年夏
ホグワーツ魔法魔術学校から入学許可証が届く。

ハーマイオニーの幼少期については作中にあまり書かれていない。

1979年9月19日、マグルの歯科医グレンジャー夫妻の一人娘として生まれる。おそらく他の魔法族の子供たち同様に、何かしら魔力を示すような出来事があったと考えられるが、両親はマグルのため、ホグワーツ魔法魔術学校から入学許可証が届くまでハーマイオニーが魔女だとは知らなかったと思われる。

1991年夏、ホグワーツ魔法魔術学校から入学許可証が届く。ハーマイオニーはマグル生まれのため、おそらくホグワーツの職員が訪問し事情を説明した。ダイアゴン横丁で学用品を準備し、オリバンダーの店でブドウの木、ドラゴンの心臓の琴線、10と3/4インチの杖を購入したと思われる。

学生時代

この章は書きかけです。中の人は項目数を増やすのに必死なので、生暖かい目で見守っていて下さい

ホグワーツの戦い後

1998年9月1日(?)
ハリー・ポッターやロン・ウィーズリーと異なり、7年生としてホグワーツに復学。
1999年6月ころ(?)
N.E.W.T.試験を受験。おそらく優秀な成績を修めホグワーツを卒業。
魔法省に入省し、魔法生物規制管理部に配属。
1998~2005年ころ
ロン・ウィーズリーと結婚。
2003年ころ
ロンと共に、甥・ジェームズ・シリウス・ポッターの後見人となる。
2005年9月~2006年8月
長女・ローズが生まれる。
2014年7月8日
クィディッチ・ワールドカップ観戦のため、家族やダンブルドア軍団の元メンバーと共にパタゴニア砂漠を訪れる。
この日までに魔法法執行部の副部長に昇進。
2014年7月11日
クィディッチ・ワールドカップ決勝、ブラジル対ブルガリアを観戦。元カレ・ビクトール・クラムの優勝を見届けた。

キャリア

ハリーやロンとは異なり、ホグワーツの戦い後ハーマイオニーはホグワーツへ復学する。N.E.W.T.試験でおそらく優秀な成績を修めたハーマイオニーは、1998年、ホグワーツ卒業後魔法省へ入省する。魔法生物規制管理部に配属され、しもべ妖精福祉振興協会などの運動を通じ、虐げられていた屋敷しもべ妖精や他の動物たちの権利のために活動した。2014年7月8日までに魔法法執行部の副部長に昇進。キングズリー・シャックルボルト魔法大臣の下で純血主義的な古い法律の根絶に努めた。

ハリー・ポッターやロン・ウィーズリーと同様、その功績から蛙チョコレートのカードに掲載されている。

また、アルバス・ダンブルドアから遺贈された書籍、古代ルーン語の『吟遊詩人ビードルの物語』を翻訳、2008年に新訳を出版する。この新訳にはミネルバ・マクゴナガル校長から提供されたビードルの物語に関するダンブルドアのメモ書きが沿えられている。

家庭

ロン・ウィーズリーと結婚し、2005~2006年ころ長女のローズを出産。数年後には長男のヒューゴが誕生している。

2014年7月にはクィディッチ・ワールドカップの観戦のためパタゴニア砂漠を訪れた。家族やダンブルドア軍団の元メンバーと共に、厳重警備が敷かれたキャンプ場の特別区画に滞在した。

7月14日には決勝のブラジル対ブルガリア戦をVIPボックス2で観戦。他の家族3人がブラジルを応援していたのに対し、ハーマイオニー自身はどちらのファンかを示すようなものは身につけていなかった。ヴィーラにうっとりした夫を肘で小突いたり、ロンにキスされている様子をリータ・スキーターによって実況されている。試合はブルガリアの勝利に終わり、元カレでもあるビクトール・クラムの優勝を見届ける形となった。