みぞの鏡
みぞの鏡 (Mirror of Erised) は、のぞき込んだ者の心の一番奥底にある一番強い望みを映す鏡です[1]。ホグワーツにいつからあるのかは分かっておらず、アルバス・ダンブルドアが手を加えたことで、賢者の石の隠し場所としても働きました[2][3]。
名称: みぞの鏡 (Mirror of Erised)
製作者: 不明
外見: 天井まで届く高さの鏡。金の装飾豊かな枠と、二本の鈎爪状の脚
銘: 「すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ」
働き: 見る者の心の一番奥底にある一番強い望みを映す
限界: 知識も真実も示さない
改造: ダンブルドアが手を加え、賢者の石の隠し場所とした
外見
ハリー・ポッターがホグワーツの1年目に見つけたとき、鏡は使われていない教室のような部屋の壁に立てかけられていました[1:1]。
天井まで届くような背の高い見事な鏡だ。金の装飾豊かな枠には、二本の鈎爪状の脚がついている。枠の上の方に字が彫ってある。
枠に彫られていたのは「すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ」という一文です[1:2]。この字は逆から読んで初めて意味がとおるようになっている、と J.K. ローリングは書いています[2:1]。原作の本文に読み解きは示されていません。
魔法的性質
3晩目にハリーが鏡の前に座り込んでいると、ダンブルドアがその部屋で待っていました。ダンブルドアは、ハリー以外にも何百人もがこの鏡の虜になったと述べ、鏡が何を映すのかをこう説明します[1:3]。
「鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い『のぞみ』じゃ。それ以上でもそれ以下でもない。君は家族を知らないから、家族に囲まれた自分を見る。ロナルド・ウィーズリーはいつも兄弟の陰で霞んでいるから、兄弟の誰よりもすばらしい自分が一人で堂々と立っているのが見える。しかしこの鏡は知識や真実を示してくれるものではない。鏡が映すものが現実のものか、はたして可能なものなのかさえ判断できず、みんな鏡の前でへとへとになったり、鏡に映る姿に魅入られてしまったり、発狂したりしたんじゃよ。
この世で一番幸せな人がのぞけば、鏡はただの普通の鏡になり、そのまんまの姿を映します[1:4]。ダンブルドアは続けて、鏡を明日よそへ移すこと、二度と探してはいけないことをハリーに告げました[1:5]。
ハリー、この鏡は明日よそに移す。もうこの鏡を探してはいけないよ。たとえ再びこの鏡に出会うことがあっても、もう大丈夫じゃろう。夢に耽ったり、生きることを忘れてしまうのはよくない。それをよく覚えておきなさい。
自分は鏡に何が見えるのかとハリーに問われたダンブルドアは、「厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える」と答えました[1:6]。ベッドに入ってから、ダンブルドアは本当のことを言わなかったのかもしれない、とハリーは思っています[1:7]。
歴史
来歴
J.K. ローリングによる説明では、みぞの鏡はとても古い道具で、誰が造ったのか、なぜホグワーツにあるのかは誰も知りません[2:2]。旅先で見つけた興味深い品を持ち帰る教師が昔からいたため、この鏡もそうした偶然の成り行きで城に来たのかもしれない、とされています。遊び心から作られたと思われる品のひとつで、普通の鏡よりはるかに多くを映し出すものの、便利というよりただ興味を刺激するだけのものでした。1世紀かそこらのあいだ必要の部屋で埃をかぶっていたのを、ダンブルドアが引っ張り出して重要な改良を施したことで、鏡はすばらしい隠し場所となり、不浄な心の持ち主をあぶり出す最後の試練になります[2:3]。
ハリーとの出会い
ハリーがこの鏡を見つけたのは、クリスマス休暇のさなかの夜でした。透明マントを着て図書館の閲覧禁止の棚を調べに行き、叫ぶ本に驚いて逃げ出した先の部屋に、鏡が置かれていたのです[1:8]。鏡には、自分のすぐ後ろに立つ何人もの人々が映っていました。生まれて初めて見る自分の家族でした[1:9]。
翌晩、ハリーはロン・ウィーズリーを連れて部屋に戻ります。同じ鏡がロンに映したのは、兄弟の誰よりもすばらしい自分がひとりで堂々と立っている姿でした[1:10]。3晩目にハリーがひとりで訪れると、そこにダンブルドアが待っていました[1:11]。
ダンブルドアに説得されたハリーは鏡を探しに行くのをやめますが、鏡で見たものを忘れることはできませんでした。クリスマス休暇が終わるまで、両親が緑色の閃光とともに消え去る夢に毎晩うなされています[4]。
賢者の石の隠し場所
その学年の終わり、ハリーが地下の最後の部屋にたどり着くと、そこにみぞの鏡がありました。待っていたクィレルは、この鏡が石を見つける鍵だと考えていましたが、使い方が分かりません[3:1]。鏡の裏に回り、枠を叩き、石は鏡の中に埋まっているのか、割ってみるかと独りごちるばかりでした[3:2]。
クィレルに命じられて鏡の前に立ったとき、ハリーが願ったのは石を手に入れることではなく、クィレルより先に石を見つけることでした[3:3]。
――いま、何よりも欲しいのは『石』だ。クィレルより先に『賢者の石』を見つけたい。だからもしいま鏡を見れば『石』を見つけた自分の姿が映るはずだ。つまり『石』がどこにあるかが見えるはずだ!
鏡の中のハリーはポケットから血のように赤い石を取り出し、ウインクをしてまたポケットに戻します。その瞬間、ハリーは自分のポケットに石が落ちるのを感じました[3:4]。のちにダンブルドアは、この仕掛けを自分の考えの中でも一段とすばらしいものだったと語っています[3:5]。
つまり『石』を見つけたい者だけが――よいか、見つけたい者であって、使いたい者ではないぞ――それを手に入れることができる。さもなければ、鏡に映るのは、黄金を作ったり、命の水を飲む姿だけじゃ。
その後の言及
鏡そのものはこれ以降の巻に現れませんが、ハリーの記憶の中で繰り返し立ち返られます。5年目の閉心術の授業でスネイプに心を覗かれたとき、引き出された記憶のひとつが、みぞの鏡の中から両親が手を振っている光景でした[5]。同じ年の終わりにシリウス・ブラックから両面鏡を受け取ったハリーは、4年前に死んだ両親をみぞの鏡で見たことを思い出しています[6]。
6年目、ダンブルドアは、11歳のハリーが心の望みを映す鏡に見たのは不滅の命でも富でもなく、ヴォルデモート卿を倒す方法だけだったと指摘し、同じものをあの鏡に見る魔法使いがいかに少ないかを説きました[7]。
7年目、キングズ・クロスでダンブルドアから妹アリアナの死とその過去を聞いたハリーは、みぞの鏡でダンブルドアが何を見ていたのかをようやく理解した、と語られます[8]。ダンブルドア自身が鏡に見たものを口にする場面はなく、ハリーがそれを理解したことだけが書かれています。
破壊
ダンブルドアは、賢者の石をめぐる一件のあと、役目を終えた鏡を元の場所に戻しました。そのため、必要の部屋にあった他の物とともにホグワーツの戦いの最中に破壊されたと考えるべきだ、と J.K. ローリングは書いています[2:4]。原作の本文に、鏡が焼けた場面そのものは描かれていません。
J.K.ローリングのコメント
鏡についてダンブルドアがハリーに語る戒めは、作者自身の考えを反映したものだと述べられています[2:5]。
「みぞの鏡」のことでハリーを諭すアルバス・ダンブルドアの言葉には、私の考えが反映されています。「夢をあきらめないで」というはげましは結構ですが、それが行きすぎると、夢に執着することが無益なことになるばかりか、不健全にさえなるときがくるものです。「叶うはずもない(あるいは叶うべきではない)望みに執着しているうちに、人生が終わってしまいかねない」――ダンブルドアはそう言っているのです。ハリーの切なる願い、両親に生き返ってほしいという願望は、叶わぬ夢です。たしかに、両親を亡くしたのは胸が張り裂けるほど悲しいことですが、決して現実のものとはならない光景にじっと見入ることは、ハリーにとって有害でしかないことが、ダンブルドアにはわかっているのです。「みぞの鏡」は人の心を魅了し、惑わせますが、必ずしも幸せにしてくれるとはかぎりません。
登場・言及箇所
- 『ハリー・ポッターと賢者の石』
- 第12章「みぞの鏡」
- 第13章「ニコラス・フラメル」
- 第17章「二つの顔をもつ男」
- 『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』
- 第24章「閉心術」
- 第38章「二度目の戦いへ」
- 『ハリー・ポッターと謎のプリンス』
- 第23章「ホークラックス」
- 『ハリー・ポッターと死の秘宝』
- 第35章「キングズ・クロス」
- Pottermore Presents『ホグワーツ 不完全 & 非確実 解説書』
- 第6章「城の秘密」
- ポッターモア J.K.ローリングからの新着コンテンツ「The Mirror of Erised」